どこにも帰さない9


  ぴたりと合わさった肌のあたたかさが心地好い。
  少ししっとりとした綱吉の肌からは、やわらかな甘いフェロモンが放出されているような気がする。
「十代目……」
  掠れた声で甘えるように獄寺が囁くと、背後の綱吉の手がひた、と後孔に触れてきた。
「挿れるよ?」
  うなじを掠める吐息が切なくて、獄寺は微かに震えながら頷いた。
「挿れ……っ」
  ぐい、といきなり押し入ってきたのは、綱吉の陰茎だ。これまで獄寺が欲しくて欲しくてたまらなかったものだ。
「あっ……あ、あ、あ……!」
  これまでシャマルに何度も玩具で貫かれてきたが、それとは比べ物にならないほど鮮明な質感に、思わず獄寺は我を忘れて声をあげていた。
  太さ的には玩具と大差ないように思われたが、綱吉の竿は硬かった。先走りを纏ってはいるものの熱くて、摩擦が大きくて、痛みがあった。
「痛い? 少し我慢してくれる?」
  気遣わしげに綱吉が声をかけてくるのにも、獄寺はコクコクと頷くばかりだ。
  ピリッとした痛みを感じる。どこか裂けたかもしれない。
「じゅ……だい、め……」
  綱吉を呼ぶと、宥めるように肩口にキスされた。
  それからゆっくりと綱吉は腰を揺らし始めた。獄寺の中を抉るようにじわじわと、時に穿つように激しく抽送が繰り返される。エラの張ったカリの部分が中を擦る瞬間の痛みは特に強かったが、それ以上に綱吉に抱かれているという事実のほうが大きくて、獄寺にとってはどちらかというと嬉しい痛みとなった。
「辛くない?」
  途中、そんなふうに尋ねられた気もするが、定かではない。
  痛みをこらえながら綱吉の動きを追いかけることに獄寺は必死だった。
  どうしたら綱吉が気持ちよくなってくれるだろうかと、そんなことを考えながら腰を動かす。すべて綱吉のため、目の前の一人の男のためだ。
「十代目……」
  断続的に与えられる痛みに、獄寺の眦に涙が溜まる。
「俺、を……」
  あなたのものにしてください。そう言いかけて獄寺は、はっと我に返った。いけない。それは口にしてはいけない言葉だ。
「なに?」
  尋ねられ、獄寺は言いかけた言葉を誤魔化すように後ろ手に綱吉の腰をぐい、と自らのほうへと引き寄せた。
「もっと……奥まで、犯して……」
  その言葉に綱吉は何を思っただろう。不意に獄寺の腰を鷲掴みにした綱吉は、今度こそ狂おしく腰を打ち付けてきた。獄寺の体の奥深いところを目指して突き入れられたペニスが、内壁をゴリゴリと擦り上げる。
「あっ、あ……」
  ゾクゾクと背筋を痺れるような感触が走り抜けていく。身体を大きく震わせると獄寺はシーツにすがりついた。身体がおかしくなってしまいそうなほど熱くて、気持ちいい。頭の中は真っ白で、自分が何を口走っているかも定かではない。そしてやはり、怖かった。
  綱吉の勢いに飲み込まれ、流されてしまいそうな自分がこのままどうなってしまうのだろうかと考えたら、恐ろしくてたまらない。だが、その恐怖を補うだけの何かが、そこにはあった。綱吉のフェロモンだ。淡くほのかに香る甘いにおいが、獄寺をこの快楽に繋ぎ止めている。
  アルファとしての綱吉のフェロモンをもっと嗅ぎたい、この体に染み込むぐらい深く愛して欲しいと、獄寺の本能が切望している。
「十代目……」
  掠れる声で綱吉を呼ぶ。
  背後の綱吉の動きはさらに激しさを増し、獄寺の最奥を的確に抉ってくる。震えが止まらないほど気持ちがよくて、獄寺自身、さらなる快感を求めて気付かないうちに自ら尻を振っていた。
「あ、ぁ……中、に……」
  欲しい。熱い迸りが。中だけでなく全身にドロドロとした白濁をかけて欲しい。どこもかしこも綱吉のものにして欲しい。そんな、とうてい口にできそうにもない想いばかりが、獄寺の頭の中をぐるぐると巡っている。
「中に? 出してもいい?」
  耳元で尋ねられたような気がするが、はっきりとは覚えていない。獄寺の思い込みかもしれない。
  獄寺はコクコクと首を縦に振った。
  途切れることなく与えられる快感にすがりつき、綱吉のフェロモンを身体に取り込もうとする。ぐい、と腰を突き出すといっそう深いところを穿たれた。ウズウズとした疼痛が獄寺の身体の奥深くに産まれては霧散していく。この痛みを集めたら、どうなるのだろう。自分は壊れてしまうのだろうか。一人の人間としてではなく、オメガとして、堕ちてしまうのだろうか。
  恐怖と痛み、強い快楽、そして綱吉のフェロモン。それら全てに包み込まれるようにして、獄寺は達した。大きく背を反らし、腰を捩ると綱吉に見せつけるように股をいっぱいに開き、シーツの上に白濁を放った。
  ついで綱吉の白濁が獄寺の中に放たれた。熱く、ドロドロとした精子が獄寺の腹の中を満たしていく。二度、三度と放出は続き、結合部からは納めきれなかった白濁がとぷとぷと溢れ出す。
「あ、あぁ……」
  獄寺が甘い矯声を上げると、綱吉は低く呻いた。
「……隼人」
  開脚した獄寺の片足を掴み、綱吉はより大きく股を開かせた。露になった獄寺の性器は今しがたの射精でくたりとしていた。それでも構わずに綱吉は、再び腰を打ち付け始める。横臥した状態で与えられる重く深いストロークに、獄寺は全身を抉られるような鮮烈な痛みを感じた。
  獄寺の最奥が犯されていく。深いところを暴かれ、直腸に届けとばかりに突き上げられ、獄寺の身体はおこりのように震えていた。
「あ、あぁ……も、ぅ……」
  途切れ途切れに呟くと、獄寺は初めて綱吉を拒もうとした。
「や、ぁ……!」
  ヒクッとしゃくりあげ、シーツにすがりつくと獄寺は爪を立てた。もう、しがみつく力はほとんど残っていないというのに。それでも獄寺は綱吉の突き上げから逃れるように身を捩る。
「隼人……」
  もう一度、名前を呼ばれた。
  深く鋭い痛みを感じると同時に獄寺は、体を大きくのけ反らせた。震えながら激しい勢いで性器の先端から透明な液を噴き上げる。
「あ、あ、あぁ……!」
  プシャッ、と音を立てて潮を噴き上げると、獄寺の後孔はきつく締まった。腰を打ち付けながら綱吉は繰り返し愛しげに獄寺の名を呼んだ。
  痙攣を起こしたように何度も身を震わせながら獄寺は、意識を手放していく。
  完全に意識を失う瞬間に綱吉のフェロモンに包まれたような気がする。
  獄寺は低く掠れた声で満足そうに綱吉の名を口にした。



  目覚めると身体はすっきりとしていた。
  清潔なシーツにくるまれ、獄寺はベッドの中で休んでいた。
  すぐ目の前ではシャマルが聴診器を手に獄寺の顔を覗き込んでいる。視線を巡らせると、少し離れたところに山本がいた。
「な……ん、で?」
  綱吉だけが、いなかった。
  あんなに激しく愛し合ったというのに、綱吉はいったいどこへ行ってしまったのだろう。
「獄寺、だいじょーぶか?」
  気遣うように山本が尋ねてくる。
「なんで、お前がいるんだよ。あ?」
  眉間に皺を寄せて獄寺は、山本を睨み付けた。
「あー……ツナから聞いてさ、見舞いに来てやったんだよ」
  ニッと満面に笑みを浮かべた山本は、ようやく獄寺のほうへと近付いてくる気になったらしい。喋りながらベッドサイドへと近寄って来た。
「十代目から?」
  怪訝そうに獄寺は眉をしかめる。
  十年が過ぎても綱吉と山本は、親友同士だ。獄寺には入り込めない特別な情が二人の間にはあるらしい。
「そ。お前さあ、ようやくバックバージンをツナに奉げたのな」
  十年かかったな、と山本は悪びれた様子もなく言ってくる。
「ん、なっ……ばっ……おまっ……!」
  途端に獄寺はベッドの上に飛び起きた。ついで、身体のそこここに走る痛みに、声にならない声を上げてうずくまる。
「おいおい。めったにしない無茶をやらかしたんだから、しばらくはおとなしくしとけよ」
  のんびりとした口調でシャマルが忠告を寄越してくる。もっと早くに教えてほしかったものだと獄寺は、年上の主治医を睨み付けた。
「ま、お前もようやくオメガとしての幸せと向き合う時が来た、ってことだな」
  こににこと笑いながら山本が言うのを見ていると、無性に腹が立ってくるのはどうしてだろう。
「うっせぇよ!」
  不機嫌そうに睨み付けてみたところでこれといった効果があるはずもなく、獄寺は苛々と山本の言葉を聞くしか他なかった。
「そんなにカリカリするな、獄寺。ツナのやつならすぐに戻ってくるからさ」
  それにしても、だ。どうして山本に、綱吉との関係がバレてしまったのだろう。やはり情報元は綱吉だろうか。
「それに……お前がオメガだとしても、俺たちの関係が変わることはないんだからさ」
  そうだろ? と尋ねられ、再び獄寺はベッドの上で飛び跳ねそうになった。
「なっ……」
  拳を握り締め、今にも飛びかからんばかりの様子で身体を固くした獄寺に、山本はさらりと告げた。
「ツナの番の相手がどこの誰ともわかんねーオメガになるよか、獄寺が側にいてくれたほうが、俺としては安心なのな」
  自分がオメガであることは既に皆の知るところとなっていたとしても不思議はなかったが、やはりこうして面と向かって口にされるとわけもなく憤りが込み上げてくる。これ以上、余計なことを口にしたら思い知らせてやるとばかりに獄寺は厳めしい顔をした。
  しかし当の本人はあっけらかんとした様子で獄寺に笑みを向けてくる。
「お前なら正体が知れてるからな」
「はあ?」
  なんだよ、それ。獄寺は胸の中で山本の言葉に突っ込んだ。
「幼馴染みにして、守護者。かつ、番。これ以上、身元の確かな相手は他には望めねえ」
「……クロームがいるだろ、骸ンとこの」
  神妙な顔をして獄寺は返した。
  彼女もオメガだ。しかも、誰の手垢もついていない。さらに言うなら、女。綱吉の番としてはこれほどの適任者はいないだろう。
「ああ……クロームな。あいつ、ついこの間、骸のお手付きになっちまったんだよ。あいつら、番になったんだぜ」
  そう言うと山本は、悪戯っぽくニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「だから、ツナの番の相手はお前しか残ってねーんだよ」
  獄寺の言葉が、耳の中で大きく響いたような気がした。
「俺しか……残って、ない?」
  どういう意味だろうか。そのままの言葉通りにとらえてしまっていいのだろうか。
  獄寺はまっすぐに山本の目を覗き込んだ。野球が好きで明るくて、さっぱりとした好青年。綱吉の親友。曲がったことからは遠くかけ離れた男だ。正直で、実直で。だからこそ獄寺は、その言葉の意味を考えずにはいられない。
「なに企んでんだよ、お前」
  すーっ、と獄寺の瞳が剣呑な光を放つ。
「なに、って……?」
「なんで男の俺が十代目の番になれると思うんだ?」
  腹の底から低い声を出せば、山本はけらけらと笑って茶化しにかかる。
「怒るなよ、獄寺。アルファのツナに、オメガのお前。番にゃぴったりじゃねぇか。お前は男だからダメだ、って言うけどな、獄寺。俺は、お前がオメガだから、ツナの番として適任だと思っている。あれこれ小難しいこと言うのなら、任務だと思えばいいんじゃねぇの?」
  山本の言いたいことはわからないでもない。だが、獄寺は自分がオメガだからこそ、悩んでしまうのだ。
  それに、今は自分の色恋で惚けている場合ではないだろう。オメガばかりを狙う事件は相変わらず続いている。事件のことを考えると、のんびりしてはいられないような気がしてくる。
「……考えとく」
  ふうぅ、と大きな溜め息をつくと獄寺は、ぷい、とそっぽを向く。
  体のそこここが痛むのは、綱吉との行為のせいだ。甘く苦しいあの行為は、ともすれば獄寺の男としての矜持を奪い取ってしまいそうほどに鮮烈なものだった。
  嫌ではなかったから余計に質が悪いと思ってしまう。
  仮に綱吉と番にでもなったとしたら、おそらくは毎回あんなふうに抱かれることになるのだろう。
  確かに、わけもわからないぐらい滅茶苦茶に抱かれてみたいという気持ちもあるにはある。だが、オメガとは言え、自分は男なのだ。あんなふうに恥ずかしい声をとめどなくあげながらイかされるだなんて、少し悔しくもある。
  番だなんて……。
  考える時間が欲しいと獄寺は思った。
  気持ちの整理をするための時間が。
  気付けば、山本はいつの間にかシャマルと話し込んでいた。綱吉のこと、それからクロームのこと。ボンゴレの現状を軽く話すと山本は、ふと獄寺のほうへと視線を向けてくる。
「なっ……なんだよ」
  不機嫌そうな眼差しで獄寺は、山本を睨み付ける。
「ああ、いや……獄寺、どっか怪我でもしたのか? 血がついてるぜ」
  いつになく真面目な顔をして山本が尋ねてくるものだから、獄寺は余計に不安になる。
「怪我? いや、怪我なんて……」
  綱吉に抱かれたが、本気で痛いと思ったのは最後のストロークだけだ。斜め横からガツガツと奥深いところを貪られ、本気で怯えたあの瞬間までは、多少の痛みはあったものの後ろが裂けたとは思っていなかった。いや、でも今は襞の縁が痛いといったこともない。本当に自分の血だろうか?
「破瓜したな、隼人」
  淡々とした声でシャマルが言った。
「破瓜? 冗談だろ。俺は男だぜ」
  フン、と鼻息も荒く獄寺が言えば、シャマルはニマニマと笑い返してくる。
「いやいや、オメガには直腸の下あたりにそういう女としての役割を担う器官があるんだよ。疑似処女膜ってやつもだな、同様にあるんだよ。でなきゃ妊娠できねーだろ。あーあ……お前、本当にボンゴレに何もかも奉げちまったんだなぁ」
  しみじみと言いながらもシャマルの手は、獄寺のパジャマを捲り始めている。
「ほら、診察してやっからさっさと着てるもん脱げ」
  いかにも面倒くさそうな様子でそう言うとシャマルは、手早く獄寺の傷の具合を確かめようとする。
「ちょっ、まっ……」
  山本がすぐそこにいるというのに、このまま診察を続けるのだろうか。
  困ったように山本へと視線を向けると、こちらもニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべて獄寺を見ている。
「じゃ、まあ、今日のところは帰るかな」
  体を労われよ。そう言って山本は、帰っていった。
  オメガとしての自分の未来は、閉ざされている。
  不意にそんな思いが込み上げてきて、獄寺はブルッと身体を震わせた。



(2016.9.27)


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