壁に体を押し付けられたまま、抵抗らしい抵抗もできない状態で下着ごとズボンを引きずり下ろされた。
抵抗できないのは、本能が綱吉を欲しがっているからだ。
前戯なしに奪うように強引に後ろから挿入されたというのに、獄寺の身体は悦んでいた。触れられればそれだけで身体のそこここに熱が灯り、快感がフツフツと広がっていく。中を擦られ、予期せずして甘ったるい女のような声が洩れたが、綱吉はどう思っただろう。
犯されているというのにこんなふうに反応してしまうことが悔しかった。
唇を噛み締め、首を横に振りながらも身体の中に穿たれるものを堪能している自分がいる。もっと、もっと、と体が欲している。綱吉の精液を腹の奥深いところにたっぷりと注がれることを望んでいる。
たまらなく背後の男が愛しくてならない。
獄寺は後ろ手に男の腰を引き寄せ、自ら腰を振った。
もっと激しく、乱暴にしてほしかった。
何をされても気持ちいいのは、番だからだ。
必死になって腰を振っていると、首筋に綱吉の吐息が触れる。ゾワリ、と身体が震えて、瞬時に獄寺の前からトロトロと白濁が溢れ出す。
「ん、あ……ぁ……」
腹の奥がキュウキュウとなって、潜り込んだ綱吉の竿を締め付けているのが自分でも感じられる。怖いぐらいに気持ちいいのに、さらにそれ以上の快楽を身体は求めている。
「こ、わ……」
フルッと体を震わせると、手首を掴んでいた綱吉の拘束が緩んだ。獄寺はのろのろと腕を動かすと壁に手をついた。
綱吉の突き上げはまだ続いている。腹の奥を抉るように突き上げ、擦られて、獄寺の膝から力が抜けていきそうになる。
「無理……無理っス、十代目……も、ゃめ……」
泣きが入りそうになるのをぐっと堪えて下唇を噛んだ。握り締めた拳の中で、自身の爪が皮膚に食い込んでくる。
「無理じゃないだろう?」
甘い囁きが獄寺のうなじに吹きかけられる。
「こうやって……」
と、綱吉の吐息がまたうなじにかかる。
「息がかかるだけで獄寺くんの中がオレのを締め付けてくるの、ちゃんとわかってるんだよ?」
言いながら綱吉は、激しく獄寺の中を突いた。
ぐちゅぐちゅと淫音が響き、腹の奥のほうからトロリと淫液が溢れてくるのが感じられる。
「やっ……ぁ……」
淫らな音が響くたびに、獄寺の中はしっとりと湿り気を帯びていく。綱吉のものをさらに奥へ飲み込もうと蠢き、蠕動を繰り返している。
「前も後ろもぐちょぐちょにしといて、嫌も何もないだろ」
低い声で綱吉は呆れたように告げる。
言わないでほしかった。コントロールできない自分の身体が綱吉に触れられることで淫らな牝になってしまうことは、わかりきっていた。数えるほどしか抱かれていないというのに、こんなにもしっくりとくるのは哀しいかな番だからだろう。
首を横に振ってささやかな抵抗を試みたが、首筋に唇が下りてきた途端にそれどころではなくなってしまう。
このまま番にされてしまうのだろうか。
理性とは反対にゾクリと身体が歓喜にうち震え、綱吉の歯が喰い込むのを期待する。
「ぁあ……」
うっとりと声を上げると、綱吉の舌がざらりとうなじを舐め上げる。
「まだだよ、隼人」
くぐもった声が皮膚越しに聞こえてきて、獄寺は微かに頷く。
ざり、ざり、と熱を孕んだ舌が何度もうなじを舐め、その都度、唇を押し付けられる。軽く皮膚を吸い上げられ、チュ、チュ、と音を立てて啄まれると、眩暈がしそうなほど気持ちがよかった。
欲望に忠実な本能は、このまま綱吉の番になってしまえと叫んでいる。だが、理性はそうではない。綱吉の番になることを拒んでいる。どちらにしても辛い選択になることは間違いない。
「や、ぅ……イく……十代、目……イ、く……から……」
弱々しく首を横に振れば、さらにきつく首の皮膚を吸い上げられる。
ブルブルと獄寺の身体が震え、触れられてもいないのにペニスが大量の白濁をまき散らしながら大きく揺らいだ。
「イっていいよ。気持ちいいんだろう?」
優しい囁きが耳たぶを掠めていく。
「やっ……く、ぅ……」
ズルズルと引き抜かれていく綱吉の竿を求めてぐいと尻を突き出せば、より深いところを強く擦られる。ごりごりと亀頭が獄寺の内側を抉ると同時にうなじの皮膚を吸い上げられた。
しがみつくものなどない壁に縋り付いたまま、床に沈んでいくような感じがする。それなのに綱吉は容赦なく下から獄寺を突き上げてくる。
「ひあっ……ああぁ……」
情けない嬌声を上げると、それに合わせるようにして綱吉は突いたり吸い上げたりしてくる。 嫌なのに。今の状態で綱吉の番になってしまえば、この状況に甘えてしまいそうな自分がいて嫌なのに、身体は悦んでいる。このまま綱吉のものになりたいと、激しく浅ましく求めている。
「ダ、メ……」
快楽でぐったりとなった身体を支えながら綱吉は獄寺の最奥を突き上げた。と、同時に強くうなじを吸い上げてくる。
「あ……あ、や……イって……イってる……か、ら……」
ボタボタと白濁を壁に、床に降り注ぎ、あられもない声で獄寺は叫んだ。
吸い上げられたうなじの皮膚がピリピリとした熱を伝えてくる。噛まれたわけではないのに、頭の中が真っ白になりそうな快感に獄寺は包まれていた。
「も、終わらせてくだ、さ……」
呂律の回らない口調で懇願すると、綱吉の手が獄寺の性器を掴んだ。
白濁にまみれるのも構わず手を動かし、竿全体を愛撫する。
「やぁ……っっ!」
弱々しく身を捩ると、結合部を密着させ、ぐちゅぐちゅを音を立てながら中を掻き混ぜられた。綱吉の性器はまだ達していないから、おそらくこのまま中に出されるのだろう。
後でアフターピルを飲まなければと、快楽に支配されながらも獄寺はぼんやりとそんなことを考えている。
「じゅ……だ、ぃ……」
前と後ろを激しく愛撫され、獄寺の頭の中が真っ白になった。
綱吉の手に翻弄され、たったいま達したばかりの獄寺の性器が硬く張り詰めていく。
何も考えられない。
鼻先をくすぐる綱吉のアルファのにおいと、汗と精液のにおい。痛いほどに張り詰めたペニス。穿たれる瞬間の震えるような気持ちのよさと、妊娠に対する恐怖。
番にはなりたくない。
強くそう思った瞬間、身体の奥に潜り込んだ綱吉の性器がぶわっと膨張し、熱い迸りを叩きつける感触がした。声を上げる余裕すらなかった。獄寺の目の前が真っ暗になり、快感も恐怖も痛みもすべて、わからなくなった。
ただ、綱吉の身体から発せられる優しく甘やかなアルファの香りだけが、獄寺を包み込んでいた。
目が覚めると獄寺はベッドに寝かされていた。
意識失っていたのは数時間ほどだろうか。枕元の時計へと視線を向けると、まだ深夜を過ぎた頃だった。
身体を確かめたが、小ざっぱりとしていた。綱吉が、獄寺の身体を清めてくれたのだろう。
ベッドに起き上がると獄寺は、うなじのあたりに手をやる。皮膚がヒリヒリしているような気がするが、噛まれてはいない。
ホッとすると同時に寂しいような悲しいような気がした。
番にならずにすんだと安堵する傍らで、綱吉にとって自分はその程度の存在だったのかとがっかりする自分がいる。
ここでもやはり獄寺の思考は矛盾していた。
ベッドから降りようとしたが、身体は重怠く、眩暈がした。動けない。家具に手をつき、ゆっくりと部屋の中を移動する。ドアを開けると薄暗く照明を落としたリビングに人の気配がする。綱吉だ。
声をかけようかどうしようか躊躇っていると、ドアの開閉する音に気付いたのか、ソファにどっしりと腰を下ろしたまま綱吉がこちらを向いた。
「体、大丈夫?」
いきなり尋ねられ、獄寺はビクリと体を震わせる。
「は、はい……」
身体は、問題ない。あんなに激しく蹂躙されたというのに、痛みはほとんどない。ただ、重怠いだけだ。
そう言えば、アフターピルをまだ飲んでいない。前回はシャマルが用意してくれたが、いつもいつもそう都合よくシャマルがいてくれるわけでもない。これまで以上に、自分のことは自分で管理していかなければと獄寺は思う。
灯りをつけると獄寺は、綱吉の視線を避けるようにしてリビングの隅に置かれたサイドボードから抑制剤を取り出す。いつまた綱吉のアルファのにおいに反応しないとも限らないから、とりあえずの処置だ。水もなしに口に薬を放り込めば、ゴクリと飲み下す。
綱吉はしかつめらしい表情で獄寺をじっと見つめていた。
「……帰ってください」
用はお済みでしょうから、と感情を交えずに冷たく言い放てば、綱吉は首を横に振り、呟いた。
「つれないな」
その何気ない言葉に獄寺は傷つけられたと思った。
「帰ってください」
もう一度、今度は語調を強めて獄寺は告げる。
綱吉はふん、と鼻で息をした。
「こんな……身体だけの関係を君は望んでるんだ? 発情の度にオレに抱かれながら、番になることを拒み続けて。まるで……」
綱吉の言葉に獄寺は首を傾げる。どういう意味だろう。綱吉はいったい、何を言おうとしているのだろう。
眉間に皺を寄せて綱吉は、はっきりと言い放った。
「──まるで、愛人みたいだ」
「ちがっ……!」
拳を握り、獄寺は息を飲んだ。掌が痛いのは、爪が食い込むほど強く握り締めているからだ。 「違わないだろう。番にもならず、自分の都合のいい時だけ抱いてくださいだなんて、オレには愛人としか思えないよ」
綱吉の言葉は鋭いナイフとなって獄寺の心を切り裂いた。いちばん言われたくはない言葉だった。愛人になどなりたくない、番になどなりたくないと抗ってきた結果がこのザマだ。獄寺は唇をぎりりと噛み締め、綱吉を睨み付ける。
だが、その程度のことしか獄寺にはできなかった。言い返すべき言葉も見つからず、うろうろと視線を彷徨わせながらリビングを後にするのがやっとだった。
綱吉にそんなふうに思われていただなんて、ショックだ。周囲の視線を気にしすぎるあまり、綱吉からどう思われているか、気にすることを忘れていた。
獄寺は自室に戻るとのろのとした動作で服に着替えた。
愛人になどなりたくない。自分は……綱吉の右腕で、守護者だ。愛人など、思ったことすらない。
リビングには綱吉がいる。今は顔を合わせることはおろか、声を聞くことすら避けたほうがいいように思われる。でなければ、自分の男としての矜持を保っていられるかどうかも怪しいような状態だ。
行かなければ。獄寺はそっとマンションを出る。
綱吉のそばにいてはいけない。ここにいては、自分は本当にダメになってしまう。
愛人のように扱われ、また愛人のように振舞い、綱吉のそばで彼の名に泥を塗りながら生きていくつもりは獄寺にはこれっぽっちもなかった。
行かなければ。行って、事態を収拾するのだ。オメガ狩りなど無駄なことだと、力づくでも物わかりの悪い連中にわからせてやらなければ。
そうして、自分には番などいなくてもちゃんとやっていけるのだと知らしめなければならない。
そう。自分がオメガだろうが何だろうが、構わない。
アルファなどいなくても生きていける。
ただボンゴレ十代目の右腕で守護者として、立っていられればそれでいい。
アルファなど……綱吉など……いなくても、生きて……いけはしないだろう、きっと。
だからこそ、だ。だからこそ自分は、綱吉のそばから離れる必要がある。自分が愛人とみなされないよう、綱吉が侮蔑の対象にならないように、ボンゴレ・ファミリーを離れるのだ。
今しばらくの辛抱だ。
オメガ狩りの首謀者を捜し出し、その首を手土産に帰ってくればいい。そうすることで自分が能力で劣るオメガではないのだと見せつけてやることができる。
奴らを一人残らず捕まえて、地面に沈めてやる。
やってやる。必ず。
マンションを抜け出した獄寺の行く先は、ひとつだった。
(2017.8.13)
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