ダイナマイトの爆風の中で、巨体がゆらりと蠢いた。
続けざまに放ったダイナマイトに、さすがのファンゴーもダメージを受けてくれたらしい。
獄寺の目の端で、山本が押し寄せる手下たちをなぎ払う姿が見える。やるじゃん、と胸の内で呟くと、獄寺は自分の敵をまっすぐに睨みつける。
白煙の中で、黒い山のような陰がゆっくりと傾いでいく。
倒した……か?
ドウ、と音を立てて男は床へと崩れ落ちた。倒したのだ。ファンゴー兄弟の弟のほうを。 ホッと息を吐き出した獄寺は、それまで自分が息を詰めていたことにようやく気づいた。 振り返ると、綱吉がファンゴー兄を床に沈めるところだった。山本もクロームも、ボンゴレの守護者として充分な働きをしている。
これで帰れると、獄寺は思った。
綱吉のところへ戻り、離れていた間のことを話し合うことができる、と。
「やったな、獄寺」
山本が親指を立てて、獄寺を労ってくる。
「そっちこそ、いい動きしてたじゃん」
刀を一振りしただけで何人もの敵が倒れていた。クロームと言い山本と言い、あの二人はなかなかにいい動きをする。自分とはまた違った戦い方をするところが、悔しくもあり、羨ましくもある。 「みんな、無事か?」
綱吉が声をかけてくる。皆のほうへと向かって……いや、違う。獄寺のほうへと向かって、歩いてくる。
「はい、だいじょーぶっス!」
現金なもので獄寺は、いつもとかわらない調子で返事をしていた。
山本とクロームが、なにやら苦笑いをしながら目配せを交わしている。
これで終わったのだと思うと、ホッとする。気持ちが緩んで、笑みが零れそうになる。
「帰りましょうか、十代目」
声をかけると、綱吉がにこりと笑い返してくる。
幸せだなと獄寺は思う。
綱吉がいて、自分がいて、仲間たちがいて……。
「そうだね、獄寺君。帰ろう」
手を、差し伸べられた。
綱吉の手が、早くおいでと呼んでいる。一緒に帰ろう、自分たちのいるべき場所へ戻ろうと、気持ちを伝えてきているようにも思える。
「十代目……」
獄寺は一歩前へと足を踏み出す。
手を伸ばして、綱吉の手に触れようとしたところで、背後に倒れていた男の気配が不意に変化した。自らに向けられた鋭い殺気に、胸の鼓動がドクン、と鳴る。体が萎縮しているわけではない。素早く反転すると獄寺は、防弾チョッキのポケットの一つに仕込んでいた拳銃に指をかける。
ファンゴー弟と向き合った瞬間には獄寺は、撃鉄を引き終えていた。
目の前で男が倒れていく。
赤い血が糸を引いて、宙に飛び散る。
銃弾は脇腹を掠めただけだ。大丈夫だ。命に別状はない。
ちらりと山本のほうを見ると、彼は頷きかけてきた。それから、綱吉のほうへと向き直る。
「ここは俺とクロームに任せておけ。ツナ、お前は獄寺と一緒に先に戻ってろ」
山本の淡々とした口調に、獄寺は小さく息を吐き出す。
「うん。任せたよ、山本、クローム」
そう言うと綱吉は、強引に獄寺の腕を取った。
強すぎるほどきつく獄寺の手首を握りしめ、ぐいぐいと引っ張りながら綱吉は歩き出した。
怒っているわけではなさそうだが、それにしても機嫌はあまりよくないように見える。
「十代目……?」
ファンゴーの弟のほうを倒し損ねたことを、怒っているのだろうか?
それとも獄寺のことを、頼りにならない右腕だと思って呆れているのだろうか。
「……まったく、心配ばかりかけさせて」
そっぽを向いたままポソリと呟く綱吉の声が、獄寺の耳に微かに届いた。
心配してもらえているのだと思った途端、獄寺の心の中で意地になっていた部分が、ゆっくりと氷塊していくような感じがする。
綱吉の指が、掴まれた手首にギリギリと食い込んでくる。その痛みすら嬉しくて、獄寺は鼻の奥がつん、となるのを感じる。綱吉が不機嫌そうにしているのは、裏を返せば獄寺のことを心配してくれているからなのだ。
引きずられるようにして建物の外に出ると、少し離れたところに目立たないようにして車が停められていた。
二人が近づいていくと、すぐにドアが開いて運転席から笹川了平が飛び出してきた。
「二人とも無事か」
耳に馴染んだその声に、何故だか獄寺はホッとする。一人、また一人と懐かしい顔と声に出会うたびに、自分の居場所に戻ってきたのだという実感が強くなってくる。
「無事だ」
短く綱吉が返した。
「それじゃあ、戻るとするか。山本たちには別の車を待機させているから、心配することはないぞ」
綱吉と獄寺がバックシートに乗り込むのを待って了平は、車を発進させた。
車の中は、エンジンの音以外は聞こえてこなかった。
誰も話をしようとしないためか、奇妙な沈黙が漂っている。
静かすぎて、気持ち悪いほどだ。
バックシートに綱吉と並んで座っていると、了平には見えないように綱吉が手を伸ばしてくる。シートの上に投げ出したままになっていた獄寺の手の端に、綱吉が手の甲をすり、と寄せてくる。
「……長らくご迷惑をおかけしました、十代目」
右腕不在の間、綱吉はいったいどうしていたのだろう。
右腕などいなくても、問題なく業務は流れていたのだろうか。それとも、やはり獄寺がいない分を誰かがカバーしていたのだろうか。急にそんなことが、獄寺の頭の隅を掠める。
「違うだろ」
ムッとして綱吉が低く言い返してくる。
「違うだろ……そうじゃなくて、もっと他に言うべきことがあるだろう?」
他に言うべきこととは、なんだろう。自分は、なにを言わなければならないのだろう。首を傾げて獄寺は、綱吉を見た。
不満そうな表情は、これは怒っているのではないということはわかる。
拗ねているのだ、綱吉は。
だが、いったいなにに?
どう返せば、綱吉は満足してくれるのだろうか。
言葉を選びあぐねているうちに車はアジトとは違う方向へと向かいだす。窓の外へとちらりと視線を馳せ、獄寺は眉間に皺を寄せる。いったいどこへ行こうというのだろう。
「お前たちはいつも極限に言葉が足らん……と、京子が言っていたぞ」
ハンドルを握っていた了平が、不意に口を挟んできた。
「確かに気持ちを言葉にするのがあまりにも下手くそすぎて、見ていられん。それなのに、以心伝心かと思うほど気持ちが通じ合っていることがある。傍で見ていると極限に苛々する」
今、この場でそんなことを言われてもと獄寺は思う。
それは、これから自分と綱吉が二人で話し合っていかなければならないことだ。なにもこんな車の中で、赤の他人の芝生頭からお説教をされる謂われはない。
「それに、最近のお前たちはらしくなかった。フゥ太やランボが心配していたぞ」
言われなくてもわかっていると言い返したかったが、声が出てこなかった。
小指の端にあたっていた綱吉の手の甲が、ピクリと微かに跳ねる。綱吉もいろいろと気にしていたのだろう、きっと。獄寺があれこれ悩んだのと同じぐらい、綱吉も悩んでいればいいと思う。悩んで、心配して、怒ってくれればいい。そうしたらその分だけ自分は、愛されているのだと思えるから。
我ながら天の邪鬼な思考だが、綱吉に気にかけてもらえていると実感することができれば、それだけで獄寺の気持ちはホワホワとしてくる。
意固地になって綱吉から逃げていたことも忘れてしまいそうなほど、気持ちが穏やかになってくる。
「確かに、そうかもしれない…です」
面目ないとでも言いたげに、綱吉が返した。
その一方で、綱吉の手はゆっくりと獄寺の手を探り当て、指を絡めてくる。
了平がいるのに。すぐ前の運転席に座って、饒舌に喋る男がいるというのに、綱吉はいったいなにをしたいのだ。
獄寺は、絡みつく綱吉の指をそっと振り払うと、拳を握りしめた。
「明日はお前たち二人に休暇を取らせるようにと、フゥ太から言われている」
「休暇? いいのかな?」
まるで独り言のように綱吉は呟く。
ファンゴーを倒して一段落ついたとは言え、その間に滞っていたことが山とあるはずだ。呑気に休暇など取れるような状態ではないだろう。
「だからさっきから言っているだろう。二人でちゃんと話し合え、と」
苛々と言い放った了平は、アクセルをぐい、と踏み込んだ。
車はスピードを上げると見慣れた道を走り抜け、商店街の反対側にあるホテルへと続く坂を上り始める。
「沢田の名前で予約を入れているが、ポケットマネーでなんとかしてくれとフゥ太は言っていたぞ」
アクセルをふかせて坂を上がりきると、目の前にホテルの入り口が見えてくる。至って普通のビジネスホテルだ。シンプルな造りのホテルの正面に車を停めると、了平は二人を車から放り出した。 「明後日の朝には、ちゃんと仕事モードになって戻ってこいよ」
そう言って、了平はニヤリと意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
(2012.10.24)
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