『三日月の夜 8』



  抉るような鋭い視線が、サンジの肌にピリピリと刺さる。
  ともすれば膝が笑い出し、カクカクとなりそうになるのを必死に堪えて、サンジはじっと待った。
  泣きたくなりそうなほどに緩慢な動きで、ゾロの手がサンジの太腿に伸びた。
「……んっ……」
  包帯にゾロの指が触れた瞬間、サンジは鼻にかかった声をあげていた。そんなつもりはなかったのに、包帯の上からゾロの指を感じただけで心臓が大きく脈打ち、身体がカッ、と熱くなった。
  そろそろとゾロが包帯を外していく。太腿の傷は掠り傷だ。包帯の下の傷は、今は肉がうっすらと盛り上がり、淡い桃色に色づいている。まだ痛みはあったが、傷口自体は塞がっている。
「これなら大丈夫だろう」
  掠れた声でゾロが言った。
  ごつごつと節くれ立った指の腹で傷の周囲をゆっくりとなぞり、それからゾロはちらりとサンジの顔を見遣る。
「後悔しても知らねぇぞ」
  ゾロの目の奥で、何かがぎらりと光った……ように、サンジには見えた。



  ゾロは、腰布の上からサンジの性器に触れてきた。爪で引っ掻くようにして何度か指を往復させただけで、サンジの性器は勃起して布地をじんわりと湿らせていく。
「ぁ……」
  サンジの中で、あらかじめ塗り込めておいて膏薬がトロリと溶け出す感触がした。
「ん? なんだ?」
  怪訝そうにゾロは眉をしかめ、腰布の紐をするりと解いた。ぐい、と太腿を押し上げると、ほの暗い灯りに目をこらして尻のあたりをじっと見ている。
「……見る…な……」
  太腿が痙攣して、ヒクヒクと動いてしまいそうになるのを堪えながら、サンジが言った。
  サンジの尻の穴はひくついていた。収縮を繰り返していたかと思うと、襞の間からトロリと流れ出てくるものがあった。ゾロは後孔の縁に指を沿わすと溢れ出たものをひとさし指で掬い取った。
「──…薬?」
  指先に鼻をつけてにおいを嗅ぐと、脂っぽいにおいがしている。
「におってんじゃねぇよ!」
  片足でサンジは、ゾロの腹を蹴り飛ばした。ゾロは……サンジが思っていたとおり、常から鍛えられたがっしりとしたゾロの体躯は、サンジの軽い蹴りぐらいではびくともしない。これでも蹴り技には自信があるほうなのだがと、頭の隅で考えながらもサンジは枕元の油壺に手を伸ばした。
「あ? これか?」
  今少し早く、ゾロが動いた。さっと壺を取り上げると、中のにおいを嗅いでサンジの中から溢れてきたものと同じにおいであることを確認する。
「返せっ」
  恨めしそうに、サンジが唸る。
  ゾロはふん、と鼻を鳴らすと、そのまま壺を片手に縁側の障子を開け放った。
「どうするつもりだ?」
  サンジの言葉には何も返さず、ゾロは壺を中庭へ投げ捨てた。ガシャン、と鈍い音がして、砂利の上に壺の破片と膏薬が飛び散る。
  母屋のほうから誰かが様子を見にくるような気配はない。どうやら、離れへは余程のことがない限り、足を運ばないようにしているようだ。しばらく待ってからゾロは障子を元通り閉めた。
  部屋に戻ると、布団の上にペタリと座り込んだサンジが苦々しげに呟いた。
「高かったんだぞ、あの薬」



  薬を使わずに抱かれることに、サンジは慣れていなかった。
  薬は、自分の内面を隠すためのただひとつの手だてだった。見世に出る時には必ず薬を使った。相手に入れ込むことなく、快楽を引き出すための方法だった。そうしておけば、相手に気持ちを持っていかれることはない。自分の気持ちを隠すことで、商売の相手に気持ちが傾かないようにしてきた。これまでの相手には、それが通じていた。
  しかし。
  この男は、どこか違う。
  この、目の前の……ゾロは、見世にやってくる客とは違う。
  サンジの頭の中は混乱していた。もっと薬を使おうとしていた矢先のことだっただけに、ゾロにどんな態度をとればいいのかがわからなくなってしまったのだ。
「阿呆か、おめぇは。薬なんぞの力に頼らなきゃできないことなら、するんじゃねぇ」
  低く、怒気のこもった声で一喝されて、サンジはビクン、と身体を竦めた。ゼフに怒鳴られた時ですら涼しい顔をしている自分が、何故、この男に怒鳴られただけでこんなにもビクつかなければならないのだろうか。サンジは唇の端を噛み締め、ゾロを見上げた。
「薬がいるなら、また買いに行けばいい」
  ふう、と溜息を吐き捨て、ゾロは言った。
「だが……今夜は、薬はなしだ」
  ぎろり、と鋭い目がサンジを見据えた。
  野獣のような、鋭い眼差しだった。



  ごつごつと節くれ立った指は、力強くサンジの身体に触れてきた。
  怖れを知らない指だと、サンジは思った。
  持って行かれそうだった。心ごと、身体を持って行かれてしまいそうな感覚に、サンジの身体はしじゅう震えていた。
「なあ」
  うわずった声で、ゾロが耳元に囁く。
「なにをビビってんだ」
  そう言って太い指で、サンジの乳首をくりくりとこねくり回す。
「んぁっ……」
  電流がサンジの背筋を伝い、下腹部へと伝わる。塗り込めた薬の痺れるような感覚が、じんわりと全身を蝕み始めている。
  こんなにもはっきりとした意識の中で抱かれるのは、サンジにとっては初めての経験だった。
「…ゃ……やめ……ろ……」
  逃げようと身体を捩ると、その瞬間、背中から抱きしめられた。力強い腕が、サンジをしっかりと捕まえて離さない。
  腰のあたりを片手で押さえつけられ、もう一方の手で尻を犯された。薬のせいですっかり濡れそぼっていた後孔に指を突き立てられ、大きく掻き回された。
「うあっ……ああ……」
  内壁を擦り上げる指の感触がやけに鮮明で、怖かった。今までどうやって見知らぬ男たちに抱かれてきたのだろうかと考えてみても、思い出すことが出来ない。どうすればいいのかがわからない。いつも、薬をたっぷりと使っていた。あらかじめ自分で塗り込めただけでは足りず、潤滑油だと偽って行為の最中にさらに塗り込めていたのだ。理性を保ったまま抱かれてしまうのは、自分の内面をさらけだしてしまうことと同じことだとサンジは思っていた。こんなにもはっきりと理性の残ったまま抱かれたことは、今まで一度だってなかったはずだ。
「あ、あぁ……」
  ゾロの指の動きに翻弄されて、サンジは腰をわずかに突き出すような格好をした。勃起した性器が布団に擦れる。先端の先走りが布団に染みこんで、ぬるぬるとして気持ち悪い。
「もっと鳴けよ」
  ぐい、と指を突き入れて、ゾロが言った。
「ぅ……」
  ぶるっ、とサンジの身体が大きく震える。
  どうしてこんなにもはっきりと、この男の言葉が耳に届くのだろうか。どうしてこんなにも鮮明に、指の形を感じることが出来るのだろうか。
  薬が中途半端に効いているせいで、身体が過剰な反応を示してしまう。
  サンジは弱々しく頭を横に振ると、嬌声を洩らした。
  今までならば薬のおかげで朦朧とした意識の中でやり過ごしていたものが、ひとつひとつ身体に確認するように花開いていくような感じだった。
  持って行かれそうだと、サンジはさらにきつく唇を噛み締めた。
  何もかもすべて、この男に持って行かれて、喰い尽くされてしまいそうだった。



to be continued
(H16.12.23)



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