『三日月の夜 11』



  気がつくと、冬の気配がもうすぐそこまでやってきていた。
  いこした炭の中から火を取ると、サンジは煙で肺をいっぱいに満たす。ゆっくりと息を吐き出すと、甘い紫煙が部屋にふわりと漂った。
  あれ以来……ゾロがサンジの前から姿を消して以来、サンジは本格的に男の客を取らなくなった。建前として年齢的なことを理由に挙げていたが、本当はそうでないことぐらい、当のサンジはわかりすぎるほどよくわかっていた。男とは出来なくなったのだ。
  事実、ゾロでなければ身体が思うように動いてくれない。
  快感を得ることが出来ないなら身体を繋げても辛いだけだという結論に達するまで、日数はかからなかった。駄目だとわかるが早いか、サンジは早速、養父に相談をした。これからの見世の方針を、改めて見直す必要があったからだ。
  年の暮れがやってくる頃には、サンジの片腕としてナミが見世を切り盛りしていた。元来、ナミには見世を切り盛りするだけの素質があった。世話焼きなところや勘定高いところが、うまく見世の売り上げに反映していた。サンジの片腕としてはもったいないぐらいの出来た娘だとゼフは評した。
  しかしその裏で、ナミが自分の気持ちを押し殺していることもまた、サンジは知っていた。



  新入りの娘の検分をしながらも、サンジは男の肌に焦がれている。
  このところ、ずっとそうだ。
  ナミが見初めてきた娘たちを抱きながらも、サンジの身体の奥は疼いて仕方がない。
  熱く火照る身体を騙し騙し、娘を検分する。どうにも誤魔化しきれなくなってくると、薬を使った。たっぷりと娘の秘部に薬を塗り込め、快楽で気絶するまで激しく突き上げては自らの身体を慰めた。
  そうしなければもはや、サンジの身体は鎮まりそうになかったのだ。
  そんな日が何日が続いたところでナミが、一人の男を紹介してきた。
  どうしてもとナミに頼みこまれるままにサンジは男の褥に向かったが、鬱々とした気分にかわりはない。断ればよかったと自嘲めいた笑みを浮かべたところで部屋についた。
  襖の奥にいる男は、酒を飲んでいるらしい。襖の向こうから漂ってくる匂い立つような酒の香りは、男がもう随分と長いこと飲み続けていることを示している。
  いつからサンジを待っていたのか知らないが、自分は酔っぱらいの相手をしなければならないのかと、サンジはうんざりとした。
  他でもないナミの頼みだったからこそ、サンジは快く引き受けたのだ。しかしこの様子では、ことと次第によっては、ナミの顔に泥を塗ってしまうことになるやもしれない。
「ナミさん、すまない……」
  口の中で小さく呟くと、サンジは襖を開けた。



  部屋の中では赤毛の男が一人黙々と、酒を飲んでいた。
  浴びるようなもったいない飲み方をしている。
  緑色の髪のあの男──ゾロとはえらい違いだと、サンジは唇を噛んだ。あの男は、こんな飲み方はしていなかった。こんな、酒に飲まれているのではないかと思えるようなみっともない飲み方を、彼はしない。
  のろのろと赤毛の男が顔を上げ、ゆっくりとサンジのほうへ視線を向けた。
  左目にかかるように、引っ掻き傷がある。左腕は懐に入れており、一見するとだらしのない様子だったが、それがゆえに二の腕の途中からないことが見て取れた。
「お前さんが……ナミちゃんの……」
  男の声は、酒のせいで割れていた。
  腐ったような瞳の奥で、しかしきらりと何かが剣呑に光っている。
  こりゃあ、まずいな。こっそり舌打ちをしたサンジはごくりと唾を飲み込む。修羅場になるかもしれないと、そんなふうにサンジは思った。
「来いよ。タダで楽しませてくれなんてケチなことは言わないぞ、俺は」
  そう言って男はにやりと笑った。
  男のほうへ近付いたサンジはまず、周囲に放置された空の一升瓶を足で転がし、部屋の隅へと追いやった。
「どう、抱いて欲しい?」
  このところサンジが男の客をとっていないことを知らないのか、男は横柄に言葉を続けようとした。
「すまねぇんですが、旦那。俺は、もう……──」
  言いかけた途端に、男が笑った。酒で声は割れており、酷く耳障りだ。
「──俺に一回抱かれるごとに、いいことを教えてやるよ。お前さんが喉から手が出るほど欲しがりそうな、いい話だ。聞いておいて損はないと思うぜ?」
  そう言われてサンジは怪訝そうな顔をした。喉から手が出るほど聞きたい話など、今のサンジにはなかった。いい話の裏には大概、悪いことが潜んでいる。それに目の前のこの男を信用する気はさらさらなかった。
「いや、遠慮しておきますよ」
  愛想笑いでもってサンジが返すと、男はじっとサンジを凝視してきた。剣呑な眼光は、男がただの酔っぱらいなどではないことを物語っている。そもそも気配に隙がなさすぎる。一見すると穏やかそうな雰囲気のため油断してしまいそうになるが、本当は見かけ通りではないのかもしれない。
  一升瓶に直に口をつけると、男はぐびりと酒を煽り飲んだ。それでも視線だけはサンジから外さなさい。
「そんなふうに気持ちを押し殺しているのも阿呆らしくなってくるような話だぜ?」
  不意に、男の口元がひきつるように歪められた。



  結局のところこうなってしまうのだと、サンジは首を弱々しく横に振った。
  鏡台に手をついたサンジは、背後から男に犯されていた。
  男に犯されるつもりはなかったが、男の持ってきた話が、どうやらサンジの興味を惹いてしまったらしい。激しい痛みに苛まれながらもサンジの頭の中を満たすのは、男の告げた言葉だけ。
『──マリモ頭の男がな、猿屋に戻ったらしいぜ』
  いつ戻った、とも何をしている、とも教えてはくれなかった。
  これ以上の言葉を男から引き出そうと思うなら、男のいいように抱かれなければならないのだということをサンジは理解している。
  鏡台の引き出しに忍ばせておいた軟膏をたっぷりと男に塗り込めてもらったおかげで、体への負担は心配していたほどではない。慣れてしまえば、以前の感覚を呼び覚ますのは容易いことだった。
「ああ……いい具合だ」
  掠れた声で、男は歌うように囁く。
「あいつの言っていた通りだな。躰を売る商売をしている割には、いい締まり具合をしている。まるで……」
  言いかけて男は、クスクスと笑った。
「まるで、年端の行かない未通娘のようだ」
  その言葉にサンジは、唇を噛み締めた。
  誰がそんなことをこの男に話したのだという、やり場のない怒りがふつふつと胸の内に沸き上がってくる。
「あ、ほら、どうした。もっと動いていいんだぞ?」
  ぐい、とサンジの中に深く突き立てると、男はすぐにズルズルと男根を引きずり出した。先端の括れのところまでくると不意に動きを止めて、また奥まで挿入する。前立腺のあたりを先端が掠めると、それだけでサンジの躰が不安げに揺らぎ、鏡台がカタカタと音を立てる。
「自分で前を触ってみな。もっと締まりがよくなるはずだ」
  ヒヒヒ、と男は笑った。
  鏡台にしっかりと捕まると、サンジはさらに腰を男のほうへと突き出す。腰を掴んだ男の手は力強かった。男の手が一本しかないことにサンジは感謝した。こんな力でねじ伏せられでもしたら、サンジには勝ち目はないかもしれない。今もそうだ。サンジの腰をがっしりと掴んで、放そうとするそぶりすら見られない。
「可哀想なやつだな、お前も」
  と、男が不意に腰を強くぶつけてきた。男の先走りと体内で溶けた軟膏が合わさって、ぐちゅ、ぐちゅ、と卑猥な音を立てている。
  大きく腰を揺さぶられると、鏡の中のサンジの逸物は大きく反り返り、トロトロと乳白色の涎を垂らした。自分のものを扱いているサンジの手に、ねっとりとした乳白色の液体が降り注ぐ。
「あぁ……あっ……ひっ……」
  いつしか鏡越しに見る男の瞳は獣の瞳へと変化していた。剣呑な光をたたえた眼差しは、行為の最中にあってもじっと鏡の中のサンジを凝視している。
「好いた男には裏切られ……」
  どこか遠くのほうで、男の声がしているようだ。
  耳の中がガンガンして、周囲の音も、男の声も、今のサンジには聞こえていなかった。
「本当に可哀想なやつだよ、お前さんは。あんな男に恋慕の情を持ったばっかりになあ、まったく──」
  男はさらに大きく腰を叩き付けると、サンジの中に射精した。熱い迸りが身体の中を逆流し、結合部の隙間から溢れ出す。不快感だけが胃のあたりで、まるで大きな岩の塊のように重苦しさを主張している。
  生まれて初めてサンジは、男に犯されることの気持ち悪さを感じていた。



to be continued
(H17.10.8)



ZS ROOM

                                    10

11    12    13    14    15    16    17    18    19    20

21    22    23    24    25    26