『三日月の夜 18』
湿った音が耳に響いてくる。
今、この場で包帯を外したなら、サンジの姿を見ることは叶うだろうか。
この目は、まだ、視力を保っているのだろうか。
これまで何度も口にしながら、その都度はぐらかされてきた言葉が、ゾロの頭の中でぐるぐると回っていた。
サンジの唾液と自身の先走りでしっとりと濡れた腰布のヌルヌルとした感触に、ゾロはもぞもぞと体を動かす。
我慢できないほど熱い塊が腹の底でとぐろを巻いているような感じがする。
ちゅぷ、と音がして、サンジが腰布の上から性器を舐める。
「サンジ……」
暗闇の中、手探りでサンジの頭に触れた。指先を髪の間に差し込んで、頭を撫でる。さらさらとした髪はサンジの体温でほんのりとあたたかい。お日さんのような色のこの髪を再び、ゾロが目にする日はあるのだろうか。
「ん、ん……」
いつの間にかゾロの腰布を外したサンジは、取り出した亀頭に唇を押し当て、先走りをちゅるりと吸い上げる。
ゾロは、そんなサンジの髪をなんどもなんども優しく撫でた。
「お前の顔が、見てえな」
暗闇ばかりの世界には、飽き飽きしていたところだ。ちょうどいいとばかりに包帯に指をかけると、サンジの手が、ゾロの手を握りしめてきた。
「よせっ、見えなくなったらどうするんだ!」
おおかた、チョッパーにでも入れ知恵をされているのだろう。ゾロははあ、と息を吐き出すと、サンジのほうへと見えない目を向けた。
「もうそろそろ、治ってもいい頃だ」
診察の時には、明日と言われている。それが今に早くなったところで、大きな問題はないはずだ。
サンジの手を押しのけようとすると、両手で指を、ぎゅっと掴まれた。
「チョッパーの言うことを聞くんだ。今はまだ、ダメだ」
辛抱強くサンジが言い聞かせるのに、ゾロは仕方なく包帯から手を離した。
熱っぽいゾロの手が、肌の上を這い回る。
サンジはゾロの首にしがみつくと、緑色の短髪頭をそっと片手で引き寄せる。
唇を合わすと、口の中には柿の葉寿司の味が残っていた。
触れあった肌から、相手の熱が伝わり、体の中心へと向かって集まっていくような感じがする。
「ゾ、ロ……」
名前を呼ぶと、サンジの声は上擦っていた。
「おう」
返すゾロは、いったいどんな表情をしているのだろう。
包帯をしているから、ゾロが、どんな表情をしているかがわからない。もっとも、この暗がりでは包帯をしていなくても相手の表情までは見えないかもしれなかったが。
「ゾロ、熱ちぃ……」
啜り泣くようにサンジが囁くと、ゾロは喉の奥で笑った。まるで、猫が喉を鳴らしているようだとサンジは思う。
「熱いか?」
そう言ってゾロは、はだけた着物の隙間からサンジの乳首を探しあて、指できゅっと摘み上げる。
「んっ、あ……」
ゾロの首にしがみついて、サンジは声を押し殺した。
こうして再会することができて、どれほどサンジが嬉しく思っているか、ゾロは、知っているだろうか? 唇を合わせ、舌を絡めるだけで、サンジの性器はたらたらと先走りを溢れさせる。触れてもいないのに、体が目の前の男を求めて、勝手に熔けていくようだ。
「ゾロ……アンタが、欲しい……」
熱っぽくサンジが告げると、ゾロは黙ってサンジの尻に手をおろしていく。
「俺も、お前が欲しい」
着物の裾をめくりあげ、白い太股に手を這わす。
ゆっくりとゾロの無骨な手が、サンジの後孔へと這っていく。
「……このまま、ねじ込めよ」
サンジが言った。
ゾロは喉をゴクリと鳴らして、サンジの体を抱きしめた。
ほとんど前戯もないままに、ゾロの性器を体に受け入れた。
目の見えないゾロは、布団に上体を起こしたままの姿勢でほとんど動いていない。手探りで時折、悪戯にサンジの体を煽るばかりだ。
これが仕事だったなら、もしかしたら膏薬を使っていたかもしれないとサンジは思う。向かい合ったゾロの股間に腰を下ろし、自分から腰を揺らしては嬌声をあげているような男を好きになるゾロも、物好きな人間だと思う。
いつの間にかサンジは、この男に惚れていた。仕事以外でほだされて初めて寝た男がゾロなら、膏薬をサンジから取り上げた男も、ゾロだった。
膏薬を使わずに男に抱かれることは、サンジに負担を強いることになる。
だが、それでも構わないとサンジ自身、思っていた。
体と体の繋がりを強く感じるには、膏薬などに頼っていては駄目なのだ。こうして、ゾロに貫かれる瞬間の痛みを感じてこそ、抱かれていると強く実感することができる。
唇を舌でなんども舐めるとサンジは、自分の体をゆっくりと揺すり始めた。
勃起したサンジの性器に、ゾロの手がそっと触れる。
「ここは、ドロドロだな」
掠れた声で、ゾロが言う。
「ああ。アンタの股間を見た瞬間から、ずっとこんなドロドロなんだぜ」
小さく笑って、サンジが返した。
「見てえ……」
駄々をこねるように、ゾロが呟く。包帯の下の眉間には、皺が寄っているのではないだろうか。
「包帯がとれたら、な」
サンジは返した。
「包帯がとれたら、抱いていいか?」
ゾロの言葉にサンジは笑い声を上げた。
「今、抱いてるじゃねえか」
ゾロの手が、サンジの竿を扱き上げる。先走りでドロドロになった竿は、ゾロの手が動くとクチュクチュと湿った音を立てる。
「これじゃあ、足りねえ」
もっと欲しいと、ゾロは言う。
こんなふうに見えない状態で抱くのではなく、サンジの顔や体を見ながら抱きたいのだと、ゾロは言った。
「……だったら、一日も早くその目を治すことだな」
サンジの言葉は甘く、ゾロを誘う。
ゾロは、見えないなりに唇の感触で、サンジの頬に唇を押し当てた。
体の中の竿が、熱い。
サンジがもぞもぞと尻を動かすと、自然とゾロの性器を締め付けることになる。
唇から吐息を洩らし、サンジは、快楽をやり過ごそうとした。
ゾロの手が、サンジの竿を扱いている。先端の割れ目を執拗に指の腹でなぞられ、強い尿意を覚えた。
「や、め……」
痛いほどの快感に、サンジの体が震える。
「今のお前の顔が見てえ」
そう言ってゾロは、手探りでサンジの胸のあたりを強く吸い上げる。きっと、朝になったら跡が残っているはずだ。
「んっ……あ、あ……!」
背をしならせると、サンジは後ろ手に手をつき、体重を支えた。そのままの姿勢で、腰を前後へ揺らし始める。うっすらと開けた唇から、鼻にかかった甘い声が時折、洩れる。
「ゾロ」
腰を突き出すようにして、サンジはねだる。
もっと、体がぐちゃぐちゃになるまで愛撫されたい。自分はこの男のものだと、思いたい。何もかも、奪われたい。
「もっと、強く……」
掠れた声で口早に呟いた途端、ゾロの手がサンジの腰を掴んだ。
強く揺さぶられると、前立腺が圧迫された。鰓の張った部分がサンジのいいところになんども押しつけられ、擦り上げていく。
「あ、あ、あぁ……」
必死になって、ゾロの動きに合わせた。
自分のいいところにゾロの先端があたるよう、うまく動いてやる。締め付けが強すぎるのか、それとも中でゾロの性器がまた大きくなったのか、どちらかはわからないが、腹の中が苦しいと思った。
足をゾロの腰に回すと、結合がますます深まった。
もう、離れたくない。
見知らぬ男に無理矢理抱かれるような惨めなことは、二度とご免だと、サンジは胸の奥底で思った。
行為の後の倦怠感は、特別なものだ。
満足をしたのか、ゾロは舌なめずりをして見えない目でサンジを見ようと頑張っている。
「喉、渇かねえか?」
サンジの言葉に、ゾロはそうだなと呟いた。
「そういや、喉が渇いたな」
あっさりとゾロが認めるのを、サンジは怪訝そうに見ていた。何か、魂胆があるのだろうか?
「そこに、水が置いてある」
ゾロが指さした先には、障子があった。障子を開けると、すぐそこは土間だ。
サンジはそそくさと水を取りに行く。
どうせ、この離れには自分たち二人しかいない。それにゾロは、目が見えない。着物を軽く羽織っただけのだらしのない姿でサンジは、土間に降りた。
「本当に白湯でいいのか? それとも、水か?」
尋ねたものの、サンジはすぐそこに茶筒があることに気付いた。筒の中には、香ばしい茶葉が入っている。なかなかいい葉だとサンジは思った。
「なんだ、茶の用意がちゃんとできるようになってるじゃねえか」
鼻歌を歌いながらサンジは、湯を沸かした。
急須と湯飲みを見つけだし、茶を淹れる。
これで何か食べるものがあれば完璧なのだがと、サンジは思った。
夜更けの月が、障子越しに部屋に薄ぼんやりとした光を投げかけている。
小盆に乗せた湯飲みは一人分しかなかったが、サンジは満足していた。
「ほら、茶が入ったぞ」
乱暴な物言いをしながらも、サンジは盆に乗せた湯飲みの茶を零すことなく部屋に持ってくる。
ふと顔を上げると、障子が開いていた。
いつのまに縁側に出たのか、ゾロは、月のほうへと顔を向けている。
「ゾロ……お前……」
サンジの口の中が、急に渇いていくような感じがした。
月明かりの下で、ゾロは、解いた包帯を手にしたまま、サンジのほうへと振り返る。
「……ああ、やっぱりお前だな」
そう言ってゾロは、嬉しそうに口の端をニヤリとつりあげた。
to be continued
(H21.6.5)
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