『三日月の夜 10』



  身体の奥に穿たれた男根は、硬くて太長かった。
  内臓を圧迫する質感に胃が迫り上がってきそうだ。嘔吐感を感じ、サンジは慌てて目をぎゅっ、と瞑る。噛み締めた唇の隙間から、震えるように息をそっと吐き出した。
「──…てめっ、デカすぎ」
  食いしばった歯の間から、呻くようにサンジは言う。今にも吐きそうだと思い、慌てて口から空気を吸い込んだ。新鮮な空気を肺に送り込み、息を吐いて、また吸い込んで……。
「まだまだデカくなるぜ」
  にやりと笑ってゾロが返した。
  突き入れたもので、サンジの中をぐちゅぐちゅと掻き混ぜると、先端の括れた部分が内壁を抉るように圧迫した。
「ひ……ぅぁ……」
  内壁がゾロの性器を締め付けた途端、ずん、と鈍痛がサンジの身体の奥に襲いかかる。ゾロの性器だった。固さも質量も、挿入前と比べると違っているような気がする。
「も……いっぱい……」
  うわごとのように呟くサンジは、虚ろな眼差しでゾロを見上げる。視線を移すときにふと自分の腹に目がいき……その部分の妙な膨らみを見たサンジは、頭の隅の冷静な部分でぼんやりと考えていた──腹が、ゾロのであんなに膨らんでる。手で触れたら形がわかりそうだ。昔、ジジイに初めて釜を掘られた時にもデカイと思ったけれど、こりゃ、こいつのほうがデカイようだな。
  無意識のうちにサンジが後孔の締めつけを強めると、ゾロの性器はさらに勢いを増し、硬度を増した。
「あっ……痛てぇ……」
  まるで熱く焼いた石を身体の中に突き立てられているかのようだ。
  それでも痛いばかりではないのは、目の前のこの男に、サンジが惹かれているからだろうか。
「……ゾロ」
  痛みに掠れた声でサンジが男の名を呼ぶ。
  動きを止めたゾロが小首を傾げると、サンジは口元に淡い笑みを浮かべて言った。
「もっと……もっと、ゆっくり……」



  明け方近くまでサンジは、ゾロに翻弄され続けた。
  ゾロの精力はそこいらの男共以上に旺盛なようだった。日頃、性欲とはかけ離れたような顔をしているが、そのせいか、布団の中でのゾロは執拗で淫らで荒々しかった。
  卑猥な手つきで乳首をこねくり回された。舌で性器をねぶられ、何度もイかされた。前からの時には足を大きく開かされ、勃起した性器が見えるような格好のまま、貫かれた。後ろからの時には犬のように四つん這いの格好をとらされ、背後から力任せに突き上げられた。
  痛みよりも快楽のほうが強かったのかと尋ねられるとサンジにもわからなかったが、男のいいように犯されるのは、嫌ではなかった。
  薬を使わずに抱かれるのはこの先も、この男ひとりだけだと、サンジは思った。
  他の男など糞喰らえだ。
  目を閉じると、身体の上を通り過ぎていった男たちの顔が浮かんでくる。養父のゼフは、丁寧だが隙のない愛撫でサンジに様々な手管を教えてくれた。親のないサンジを養ってくれた恩を感じると同時に、家族としても愛していた。だが、それ以上のものは感じなかった。海賊のギンは盲目的にサンジを崇拝してくれた。病に冒された身でありながら献身的にサンジに愛を囁き、そのくせ最期まで身体を繋げることはなく、死に場所を求めて海へと還っていった男だ。他にも、何人もの男たちの顔が浮かんできては消えていった。
  しかしどの男もサンジの心まで奪っていくことはなかった。
  サンジの心はいつも、ここ、この置屋にあった。
  誰にも染められず、誰からも束縛されず、サンジは自由気ままな人生を歩んできた。
  その自分が、だ。
  女性ではなく、男──しかも、筋肉だらけのいかつい男──と抱き合い、それだけでなくその男に惹かれてすらいるというのは、滑稽にも思えてならない。
  身体は疲れ果てており鈍い痛みに支配されていたが、それでもサンジの頭は冴えていた。
  薬を使わなかったせいだ。
  隣で眠っている男は、素っ裸のまま大鼾をかいている。よほど呑気なのか、それとも安心しきっているのか。手を伸ばすと、男の節くれ立った指先に微かに触れた。そのまま相手の手をぎゅっ、と握りしめる。上体を起こして少しだけ男のほうに近づくと、サンジは手の甲に唇を押し当てた。
  こうして身体を繋げはしても、この男もまた、他の男たちと同じように自分の元から去っていくのだろう。その時がきたらサンジは男を快く送り出してやろうと心に決めている。
  たとえば。二人の関係が今だけのものだったとしても、サンジの決心に変わりはない。それだけ、自分はこの男のことを愛しているのだと、柄にもなくサンジは思ったのだった。



  昼前に目を覚ましたサンジは、ゾロがいなくなっていることに気付いた。
  部屋の中は饐えたようなにおいでいっぱいで、昨夜の情事の気配が色濃く残っていた。
「やっぱり出て行っちまったか」
  あの男は何も言わなかったが、もしかしたら自分と同じ男のサンジを抱くのは嫌だったのかもしれない。泊めてもらった借りを返すためだけに、サンジを抱いたのかもしれない。
  ふう、と溜息を吐くと、サンジは障子を開け放った。新鮮な空気が部屋の中に流れこんできて、肺をいっぱいに満たしていく。
  ふと中庭に目を馳せると、昨夜、ゾロが投げ捨てた壺がない。あの時、暗がりに鈍い音が響いていたから、壺はきっと割れているに違いないと思っていた。しかし中庭には壺のかけらも薬が零れた痕跡もなく……いや、うっすらと地面の色が変わっているところがある。きっとあのあたりに薬が飛び散ったのだろう。しばらく中庭をじっと眺めてからサンジは部屋に戻った。開け放たれた窓から流れ込んでくる新鮮な空気が部屋を清めていく。今のうちとばかりにサンジは、風呂場へ向かった。
  とりあえず今は、身体の汚れを落としたかった。
  男に触れられた痕跡を消し去り、体内の名残を指で掻き出す。これだけのことで男への想いを断ち切ることが出来るなら、喜んでサンジはそうしただろう。
  気付くと、湯につかったままサンジは自らのものを扱いていた。
  ぬるめの湯がちゃぷちゃぷと跳ねては波紋を描き出す。
  胸の奥がきりきりと締め付けられるように痛むのは、あの男が行ってしまったからだ。何の断りもなく、サンジの元を男は去っていった。
  もう、会えないのだろうか。
  あの男のほうからサンジに近付いてきてくれることは、この先、ないのだろうか?
  不安な気持ちを抱えたまま、サンジは射精した。
  湯の中にふわりと浮かび漂う精液を眺めながら、サンジはただぼんやりと湯船につかっていた。



「──…それで。アンタはいったい、今まで何やってたの?」
  目を鬼のようにつり上げて、ナミが詰問する。
  ゾロはわざとらしく肩を竦めると、ナミに背を向けた。
「修行をしてたんだよ。強くなりたくてな」
  この女は苦手だと、こっそりとゾロは思った。
  幼馴染みで昔から鼻っ柱の強い女だった。知らない間にこの女にいいようにあしらわれて、気付くと散々な目に遭わされていたことが過去に何度もあるゾロとしては、一秒たりともナミの側にはいたくなかった。
「へぇぇ。修行ねぇ」
  ナミは細腕を胸の前で組むと、考えるように真っ直ぐにゾロの背を凝視した。
「じゃあ、なんでサンジくんの部屋で寝てたのよ」
  これだから、とゾロはこっそりと溜息を吐いた。
  これだから女は苦手なのだ。自分たちが納得いかないものに遭遇すると、すぐにこうやって突っかかってくる。しつこいぐらいに突っかかってきては居丈高にあれこれと詮索し、秘密にしておきたい部分までもすっかり白日の下に引きずり出し、暴き立てて、襤褸のようになったところを投げ捨てていく。残酷で冷酷なそんな女たちが、ゾロは苦手だった。
「ぅ……」
  ゾロにはそして、ナミの問いには答えることができなかった。
  サンジと寝たのは行きがかり上のことだったとしても、だ。それはナミには話すことはできない。どう答えたものかと迷っていると、いきなり膝の裏を力任せに蹴飛ばされた。
「馬鹿ゾロっ!」
  妙に掠れたナミの声に違和感を感じたゾロが振り返ろうとすると、またもや膝裏を蹴飛ばされた。
「アンタみたいな男、最低よ!」
  言いながらナミは、何度もゾロの膝裏を蹴飛ばした。
「馬鹿、馬鹿、最低の最低の、大馬鹿男!」



to be continued
(H17.5.14)



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