『三日月の夜 9』



  寒くはないのに鳥肌が立っている。
  ざり、とゾロの舌が肌を舐め上げる感触に、サンジは無意識のうちに肩を震わせていた。
  こんなはずではなかったのに。
  この男との情交がこんなものになるとは思ってもいなかった。褥に誘い込んで、気付かれぬように薬を使えばサンジの意識はこんなにも鮮明に残っていなかったはずだ。あとはもう、いつものように我を忘れて嬌声をあげ、男のいいように身悶え乱れるだけだったのに。
  それをこの男は、いともあっさりと却下してしまった。
  薬はなしだと宣言された以上、サンジも諦めるしかなかった。
  サンジがどんなに泣こうが喚こうが、おそらく誰もこの離れまで覗きに来ることはないだろう。客を取った夜は必ず、朝まで人払いをしてあった。番頭をはじめこの見世で働く誰もが、そういう特別な夜には何があろうと、離れへやってくることはなかった。サンジがそう、命じているからだ。
  だから今夜も、おそらく誰も来ないはずだ。
  そんなサンジの考えを読んだかのように、ゾロが掠れた声で問いかけた。
「まさか、見世の連中に聞かれてもいいように、薬を使ってるんじゃねぇだろうな」
  まさか、とサンジは鼻で笑い飛ばした。
「ちげぇよ。あいつらは絶対、今夜はここには来ない。人払いをしているからな」
  サンジが返すと、ゾロは眉間に皺を寄せた。
「へぇ」
  上の空で返しながらもゾロは臍のまわりにちろちろと舌を這わし、片手でサンジの性器を扱いている。
「お忍びの連中の時もこうなのか?」
  くふん、とサンジの陰毛に鼻先をつっこみ、ゾロは息を吸った。風呂上がりの石鹸の香りと精液の青臭いにおいが、陰毛の中から漂ってくる。
「お忍びの客なら、たいてい隣の部屋に人を待たせてるぜ」
  サンジの言葉に、ゾロはようやく思い当たった。だから薬を使うのか、と。隣の部屋で誰だかわからない連中が、自分の霰もない嬌声を耳にするのだ。いや、もしかしたら、襖の隙間からこっそりと、最初から最後までを見られているかもしれない。そんな状況だからこそ、薬を使って我を忘れでもしなければ、やっていられないのだ。薬を使って我を忘れてしまえば、見られていることにも気付かなくなる。気兼ねなく声をあげ、媚態を晒すことができるだろう。
  それが、サンジにできる唯一の抵抗だったのだ。



「客を取るのは楽しいか?」
  勃起したサンジの性器の先端からは、白濁とした液がだらだらと溢れ出していた。べっとりとぬめった竿を裏側からペロリと舐め上げ、ゾロが尋ねる。
「ぁ……んんっ……」
  ゾロの肩に担ぎ上げた足が、ピクン、と揺れる。
「仕事、だから……」
  繊細なサンジの指が、ゾロの短い髪をきゅっ、と鷲掴みにする。
  仕事で客を取ることはあったが、それも、見世を開いたばかりの頃のことだ。サンジ自身、もうだいぶんいい歳になっているし、見世のほうもここ数年の間に何とか軌道に乗せることが出来た。順風満帆だとサンジ自身が思うほど、何もかもがうまくいっている。それでも時折、かつての馴染み客がふらりとやってきてはサンジを指名した。そういう時、サンジは見世のために客に抱かれた。自分のためではない。あくまでも見世のためだ。
「仕事なら誰とでも寝るのか?」
  と、さらにゾロが問いかける。
  嫉妬ではない、興味本位のゾロの問いに、サンジは苦笑した。
「仕事なら、な。だけどお前と寝るのは仕事だからじゃねぇ」
  お前の身体に興味があるからだ、とはさすがのサンジも口にすることを躊躇ってしまった。本当は、そうなのだ。出会ってからずっと、彼に抱かれたいと思っていた。しかしそれを口にするには、今のサンジにはまだ……。
「へぇ」
  明後日の方向を見ながら、ゾロは返した。サンジの答えがどんな答えだろうと、この男はきっと同じ返しかたをしたはずだ。興味のないような顔をしながら、その実、相手の動向を探っている。今だってそうだ。サンジに対して興味などないような顔をしているくせに、執拗にいいところを攻めてくる。きっと、自分の指や舌に敏感に反応するサンジを眺めて面白がっているのだろう。
  嫌なやつだと思いながらもサンジは、その嫌なやつにもっと感じさせて欲しいと思っていた。



  身体の中に指先が潜り込んでくる感覚に、咄嗟にサンジは唇の端を噛んでいた。
  敷き布団をぎゅっ、と握りしめ、カクカクと震える足を踏ん張って、ゾロの指を感じている。
  ごつごつとして節くれ立った指は、丁寧にサンジの中を解していく。内壁を引っ掻くようにして爪で触れられると身体が跳ねそうになったが、ゾロの腕がそれを阻んでいた。
  もどかしい思いでいっぱいになった頃、ようやくゾロの指が前立腺のあたりに触れてきた。
「あっ……は、ぁ……」
  ピクン、とサンジの性器が触れられてもいないのに大きく揺らいだ。たらたらと先走りを垂らしながら、ドクン、ドクン、と脈打つ性器をゾロは口で扱きながら、サンジの後孔を指でぐりぐりと掻き回した。
「ひぅっ……ぅ…ぅ……」
  きりきりと締め付けてくる後孔に、ゾロは顔をしかめた。くわえていたサンジの性器から顔を離すと、あいているほうの手でサンジの太腿の裏側をぐい、と押し上げる。一瞬にしてサンジの尻は丸見えになった。
「や……めろ……」
  身体を捩ろうとすると、後孔に力が入る。締めつければ締め付けるほど、身体の中に潜り込んだゾロの指がはっきりと感じられて異物感が増した。
「やめてもいいのか?」
  微かに笑いながら、ゾロが尋ねる。
  サンジが言い淀んでいると、ゾロはすかさず後孔に舌をねじ込んでくる。ひちゃひちゃと音がして、潜り込んだ二本の指によってぱっくりと押し開かれた隙間から、唾液が流し込まれてくる。
「あ、ああぁ……」
  産毛が逆立つような感覚に襲われ、サンジは思わず声をあげていた。
「ひぁ……うぅぅ……」



  じゅぷっ、と音を立てながら、ゾロの指が引き抜かれていく。
  後孔の奥に塗り込めていた媚薬と、ゾロの唾液とが混ざり合っていくのがわかるような気がして、サンジは小さく震えた。こんなにもはっきりとした感覚は、恐怖ばかりを招き寄せる。薬に頼って快楽に溺れているほうが気付くことのない分、はるかにましなような気がしてくる。
「そろそろ挿れて欲しくなってきただろう」
  にやにやと口元に笑みを浮かべてゾロが尋ねかけた。嫌な笑いだが、その不遜な態度がサンジは好きだと思った。時折、酷く意地悪で横柄で、蔑むような眼差しをするのもいい。その瞳の奥には、真摯な優しさが隠れていることをサンジは既に知っている。
「……早く……挿れっ……」
  言いかけたところで腰を鷲掴みにがっしりと掴まれた。すぐにサンジの後孔に圧迫感が感じられた。ぐいぐいと、先走りでぬめる性器が押し当てられ、内部へと入り込んでくる。
  声にならない声が、サンジの喉の奥で透明な悲鳴を上げていた。



to be continued
(H17.5.7)



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